嘘の無い世界☆それは☆彼の世界

嘘の無い世界☆それは☆彼の世界

自閉症で重度知的障害のある息子。虐待で支援学校に行けなくなってから早7年。傷ついた心は何処へ

重度知的障害児の息子が好奇の目に晒されるとき・・・心折れた日

息子の好きな事。

昨日は久し振りに買い物に行く途中で公園に寄った

以前買い物が終わって寄った時に『暑くてお肉が腐るから早く帰ろう』と遊ぶのもそこそこに家路についた事がある

それからは公園に寄るのは買い物に行く前がいいと何度も何度も訴えてくる(ちゃんとした言葉での意思表示ではないのだが・・)

息子なりにいろいろと考えているのだろう

まあ、何でも考える事は良い事だね☆★♪(ゝω・)v

 

公園に寄れば行きたい所はひとつしかない

水場・・息子はここが大好き

もっと小さい時はブランコとか滑り台でも遊んでいたけど大きくなってからは水場だけ

人がいない時はゆっくり遊ばせる

 

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水、水、水・・・飛ばしたりシャワーにしてみたり。

水風船を持ってきた時は中にたっぷりの水を入れぷよぷよになった水風船を両手に6個も7個も抱えていっきに投げて爆発させる。

爆発と言っても落ちて割れた風船の水が飛び散るだけなんだけど・・

うちはゴミとなった風船の残骸は全部持って帰るのだけど、たまに破れた風船が捨てられあちこちに落ちている時がある

息子がそれを拾って遊ぼうとするので困ってしまう

 

どんなに寒い真冬でもお構いなしの水遊びだが夏の水は特に気持ちが良く、格別だ。

遊ぶ時間も長くなる

 

飽きっぽい私が我慢を強いられる時・・・待て!待て!!待つのだ!!!

 

 

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公園に着いた時、水が出しっぱなしになっていた

前に使った人が止めるのを忘れてしまったか・・

 排水溝が出しっぱなしになっていた水であふれそうになっている

枯草や小石が詰まって流れが悪くなっているのだろう

 

これ、息子が大好きなやつ!

 

この溜まった水で遊ぶのが大好きなのだが、私からしたら何だか汚い水に感じられる

ジャブジャブと遊んでいる時に汚れた水が口に入ってしまったら嫌だなあと、気が付けば眉間にしわが寄っていたりする

 

marimomo105.com


 上にある1年前に書いたブログと何ひとつ変わっていない様な気もするが・・。

成長してないという事なのか!?どうなんだこれ・・

 

  

 

変わった事と言えば・・これ↓↓

 

marimomo105.com

 

 

去年のこの成長したブログの時から息子の身長が10㎝近く伸びているという事!!

体だけは大きくなっても絶対やりたい公園の水遊び・・・これは変わってない(*`艸´)

 

息子の苦手な事

 

 いつの頃からか、外に出た時にうるさく鳴くセミの声や夕方の虫の音に耳をふさぐ様になった

あまりに大きなセミの声にびっくりしたのか!?

だがそれだけでなく植木や街路樹や花の横を通る時にも耳をふさぎながら体をかがめて小さくなって走って通り過ぎる様になった

何故なのか?

見ているとどうも息子は虫が駄目らしい

夏は木や花の近くを虫が飛んでいる事が多い

見れば息子はこの飛ぶ系虫に戦々恐々としている

私は蜂アレルギーがあるので蜂が異常に怖い。

蜂を怖がる私を見ていていっしょに怖がり始め、ついでに飛ぶ系虫も駄目になってしまったのだろうか

前はこんな事なかったのになあ・・

 

飛ぶ系昆虫、ちょうちょやトンボでも見かけるとびっくりして怖がって逃げていく

どこまでも逃げて行ってしまうので私はそっちのほうがこわい・・心配である

 

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 公園で鳴いているセミの声に思わず耳をふさぐ息子

 

 

 息子に対する周りからの警戒心

公園で遊んだ後はいつも行くスーパーでお買い物をする

小さい時から来ている店だ

ブログでも何回か書いた事がある、周りからの息子を見る目(視線)

小さい時も気にはなったが、小学校に入る前ぐらいの男の子は健常児でもやんちゃで元気があってイタズラ好きな子はたくさんいる

息子も “元気でやんちゃで親の言う事をあまり聞かない子” という様な割とよくある目で見られる事が少なからずあったような気がする

 

健常児より、うるさくしている時間がちょっと長い。

健常児より、周りを気にせず走り回る事が多い。

健常児より、親の言う事を聞かない事が多い(言葉が理解出来ていないので)

 

「あれ!?この子はもしかして・・」たま~に気付く人は気付くという程度。

 

だが大きくなるにつれて健常児との違いははっきりとしてくるし、差もついてくる

それは通り過ぎる小学低学年の子でもわかるぐらいの違いとなって出てくる

 

以前はそれ程気にもならなかったお買い物が最近少し苦痛になってきている

 

支援学校を登校拒否となった7年前から学校はもちろん施設等にも行く事が出来ず、私は運転が出来ず、息子がバスに乗れない状況では私が連れて行ってあげられる場所は限定され、結局いつも同じ所になっていた

それでも息子は喜んで付いてくるし、行けば楽しそうにしている

 だが・・

そんな楽しそうな息子の気持ちなど知る由もない周りの人達の目は私にとっては厳しく辛いものである

それは・・好奇心と警戒心

警戒心は仕方がないし悪い事ではないと思っている

 

例えば公園・・特に小さな子供達だけで公園で遊んでいる時に、声変わりの息子が奇声を上げていれば警戒するのは当然だ

きっと親からも学校からも『変な人がいたら近づかない様に、気をつけなさい!』と言われているだろう

まだ体の小さな小学低学年ぐらいの子ども達からしたら、大人の体系に近い息子が奇声を発して近くに来れば100%警戒するだろう

子ども達を安心させるために私は『こんにちは^^』と声をかける

子ども達は思ったより元気に「こんにちは」と返してくれる

私が息子と一緒にいる事がわかりその子達は安心した様にまたブランコで遊び始めた

警戒を通り越して怖がられる・・悲しいが相手はまだ小さな子供だ、仕方がない

 

スーパーで息子と買い物をしていると本当にじろじろとよく見られる

店に行けば行った回数だけ、何人もの人達に無神経に見られて帰って来る

たまに店の外に出てからも見てくる人がいる

子どもも大人も男性も女性も若い人もお年よりも・・関係なく皆平等にじろじろと見てくる

好奇心と警戒心

先にも書いたように警戒心はある意味仕方がない

周りで奇声を発している人間がいれば一瞬警戒するだろうし、その声の方に目が行くだろうし、何事か確かめる事もあるだろう

 

息子の傍には必ず私がいる

外に出れば常に一緒に行動し、寄り添い離れる事はない

常に傍にいるのには息子がいたずらをしないか見張る意味もあるし、息子を危険から守る意味もある

息子が奇声を発した時に警戒心から息子を見たとしてもそれは仕方がない事

でも傍で寄り添う母親がいるとわかれば、もうそれ以上警戒してじろじろと見る必要は無いのではないか(と思っている)

親が付いているのだな!大丈夫だな!危険はないな!と・・。

 

息子に対する周りからの好奇の目

 

だが・・・

人の目とはそれで終わらないのである

息子に何かしらの障害があると感じ取るともっと無遠慮に見てくる人達がいる

 

親である私がすぐ傍にいるにもかかわらず、ただひたすらにじーっと息子を見ている

何をそんなに見続ける必要があるのかと正直わからず戸惑う事もあった

それが完全にただの好奇心だろうとわかってからもその鋭い視線にはいつも体が緊張する

多分何も起こる事はないのだろうが・・正直怖くなる

見ず知らずの赤の他人の射るような多くの視線は私達母子には厳しすぎるのだ

息子は人を怖がる事もあるが買い物や公園に行った時に出会う見ず知らずの人達には無関心でその人達を怖がる事はない

息子が他人に危害を加える事など決してないし、そんな事はとても考えられない

それでも人は息子を好奇の目で見るし、危険な物でも見るような遠慮ない態度をとる

自分達が失礼で無神経で私達を傷つけている事には気付いていない

私はただ息子と話(私からの一方通行だが)をしながら買い物を楽しみたいと思っているだけなのだ

誰でも皆、普通にやっている日常的な事を私達は同じ様にやる事さえ許されないのか

 

 私達親子にとって人の目とは決して優しいものではない

一歩外に出れば常に好奇の目に晒される

障害児を抱え生きるとはこういう事なのか

支援学校で虐待され怖くて学校に行けなくても放置され続ける事・・それも結局息子が知的障害児であるからなのか

 

【この子は重度知的障害児です。危険人物ではありません。危害は加えません。何かあれば母である私が全責任を負います】

 

息子の背中に張り紙でもして買い物に行ってみようか・・

 でも私は息子を連れてその店に行く事は二度としないだろう

無遠慮で失礼な態度を取るのは買い物に来ているお客さんだけではない

 その事に気づいた時に私は小さな決心をした

息子の大好きなお店、長年息子と利用したお店・・

だがもうやめよう、と。

 

息子は一日中何かをしゃべっている

言葉になっていない、言葉ではない、言葉になりようもない言葉

親の私ににさえも聞き取れない意味不明な言葉だ

だがそれは・・息子にはわかる、息子にしかわからない息子だけの言葉である

その息子にしかわからない、でも息子にとって大事な言葉は外に出れば好奇の目に晒される対象になる

私は息子の意味をなさない言葉をなんとしてでもやめさせようとは・・思ってはいない

 

 ただ無邪気に楽しみ喜んでいる息子を見ながら心が折れた日

 

知人の怪我・その後

知人が事故にあい怪我をして救急車で運ばれてからちょうど一か月になる

運ばれた当初はどうなる事かとただただ心配していた

大腿骨の骨折部分の手術が無事に終わり、骨盤の手術も無事に終わった

苦痛の日々を乗り越え今は車いすで買い物に行くまでになっている

 

だが、まだこれで終わりではない。明日、最後の手術が残っている

その手術とは・・

 

皮膚の移植手術である!!

骨が折れて飛び出た個所の皮膚は良い状態ではなかったのだろう

広い部分でちょっと言葉は悪いがぐちゃぐちゃだったのか・・・

送られてきた皮膚の写真を見ると、超・超・超閲覧注意状態である

ここに載せたいぐらいだが肉を食べられなくなる人が出て通報されても困るのでやめておく

 

『車に気をつけないとこんな怪我をするよ!!』息子に注意を促す意味で見せてみた

荒治療だとは思ったがこれを見て今後車道に飛び出す事を止めてくれればいいなと。

普段写真とか全く興味を示さないのに見た途端顔色が変わり凝視している

そして暫し見た後、トントンと写真の一箇所を指さしている

そこは・・

折れて飛び出した骨の後の “穴” だった

息子が見てもはっきりとわかるその “穴”

明日の移植手術ですべてきれいになるね

良かった、良かった・・最後の手術頑張れ!!!

ちなみに移植に使う皮膚は本人の元気な左足の太ももから持ってくるらしい

 

「左足の皮膚を取った後はどうなるんだろう・・・!?」

知人が不安そうに心配そうに言っていた

『お医者様が綺麗に切り取ってまた綺麗に縫い合わせてくれるよ(★≧▽^))★☆』と言っておいた

 

・・・他人ごとに聞こえただろうか(´・ω・`)